北原幸男インタビュー

本ページには、北原幸男へのインタビューの内容を載せていきます。
更新日:2003/6/15
北原幸男が語る「イスラエルの旅」
*北イスラエル交響楽団の招きによる、イスラエルのハイファでの演奏旅行(2001年2月実施)のお話しをうかがいました。


 ハイファはレバノンとの国境近く、イスラエルの北端に位置する美しい町です。イスラエルに住んでいるのは、ほとんどがユダヤ人で、あとはアラブ人を中心とした非ユダヤ人ですが、なにしろイスラエルの民であるユダヤ人は、1948年の建国まで、2000年もの間、世界中散々になってあちこち放浪し続けたわけですから、今のイスラエルにはロシア系のユダヤ人、ルーマニア系のユダヤ人、ドイツ系、ギリシャ系・・・と様々な国の血を引く人達が集まって、文化も入り混じっているのです。
 北イスラエル交響楽団は全員がユダヤ人で、中には厳格なユダヤ教のシルクハットにあごヒゲの人もいました。演奏といえば、みんな自分の思うがままに弾いていて、パートでまとまるなんてことはない。どうしたものかと音楽監督に聞いてみたところ「みんな自分がパールマンだと思ってるんだよ」とのこと。それにしても、練習中勝手気ままに煙草を吸いに行ったり、トイレに行ったりするのには参ってしまったけれど。オケの練習は午前中だけで、午後は皆、自分の仕事に行くんです。イスラエルの国家予算は莫大な軍事費ですから、文化まではなかなか・・・。徴兵制度もあって、楽団員の中にも20歳前後で兵役の人がいました。そういう人は明日からいきなり軍務に就く、なんていうこともあるんですよね。
 イスラエルの人々は、近隣諸国との関係があまりよくないので、心が安らぐということがありません。いつテロが起こるかわからないし。僕の滞在中も、夜じゅう、どこかしらでサイレンが鳴っていました。爆弾を仕掛けたとかいろいろな情報でね。イエス・キリストの聖地、ヨルダン川やガリラヤ湖の方へも行ってみましたが、危険なのでオーケストラの運転手が危ないところを避けて案内してくれました。「ここは銃撃があるかもしれないから頭を下げて!!」なんて言われながら。実際、僕が訪ねたところで、後にバスが爆撃を受けた場所もあったんですよ。
 食習慣として、戒律の厳しいユダヤ教の人のレストランでは、乳製品と肉は、それぞれ扱う調理場を別にしていて、お店でも決して一緒には出しません。『子山羊を、その母乳で煮てはならない(*注)』という教えどおりに。チーズののったハンバーグとか、肉入りシチューなんてありえないわけです。他に、魚介類とかを食べるのにも色々な規則が守られているんですよ。一方、イスラエルにはあらゆる国の人がいるだけに、各国のレストランもあるんです。そして混血が多いから美人も多い。
 この旅で、日本が本当に平和なんだと実感しました。同時に、我々がマスコミを通じて得ているイスラエルの過激な情報は実に一面的で、イスラエルに住む人々はユダヤ人もアラブ人も平和主義で、平穏な生活を心から願っているのです。

*旧約聖書 出エジプト記23:19、34:26、申命記14:21に出てくる言葉。
[インタビュー日:2003/5/22、文責:上出]
北原幸男が語る「恩師 小澤征爾氏との逸話」
小澤先生との初めての出会いは大学3年の時。客員教授として教鞭をとられていた先生の特別レッスンを受けたんです。その頃、秀でて目立っていたわけでもない僕を、「北原は才能がある!」と言って、あたたかく指導してくださったことは僕の大きな支えとなりました。

当時、僕はある係を仰せつかっていて、それはうちの車、アルファロメオ[尺八奏者であられる北原氏のお父上はナント特異な車好き]で、成城まで小澤先生をお迎えに行くということでした。学校に着くと、ワーッと押し寄せ、手をかけ、足まで踏み入れんばかりに車に群がる学生たち・・・運転手は全く無視で。しかも、当の先生は、シートベルトもせず、フロントガラスに頭をつけるようにして乗っている・・・。さすがは大物!とはいえ運転する方はハラハラでした。(名ドライバーでよかった。)

ある日の事、いつものごとく先生をお迎えにうかがったら、奥様が「北原さん、寝室まで行ってみてください」と言われました。どうしたのかと思えば、前の晩ロストロ・ポーヴィッチ氏と飲みすぎて起き上がれないとのこと、結局その日は休講になってしまいました。大人気の小澤先生ですから、学生達の落胆振りは大変なものでした。それを知ってか、「学生さんが待っているのに二日酔いでお休みするなんて!!」と、あとで奥様にこっぴどく怒られたそうです。偉大な先生も奥様にはかなわないもので・・・惚れた弱みというのか・・・奥様はホントに素敵な方ですから。そんな先生は、僕に「彼女にするのは外国人でもいいけれど、結婚するなら絶対日本人!」と言っていました。やっぱりだんだん和食が恋しくなってくる・・・とかね(結構、実感こもって・・)。

あと、僕が留学先をどこにしようか悩んでいた時、「北原は行儀が良過ぎだから、ドイツじゃなくイタリアかスペインに行けよ」なんて言われました。結局はオーストリアへ留学したのですが、その十数年後、僕はフィレンツェに住んでいて、たまたまフィレンツェではじまったサイトウキネンのツアーをお手伝いしたんです。その時先生にお目にかかり、僕がイタリアに住んでるのを知って「律儀なヤツだなぁ」と、喜んでくださいましたよ。

[インタビュー日:2003/1/31、文責:上出]